あんでっど、姫!Scene6

「…眠ってしまいましたね、姉様」
「慣れぬ事をして疲れたのでしょう。そっとしておいてあげませんか」
「…はい」
結局、一度も勝負には勝てぬまま、沙耶はこっくりと居眠りを始めてしまっていた。
「眠りの邪魔になるといけませんから、上に行きましょう」
静かに促すと、清嗣は香夜と共に地下室を出た。

「…清嗣…様…?」
難しい顔をしていたのだろうか。不審気な顔をして香夜が覗き込んでくる。
「え?あ…何か…?」
「いえ…あ、あの…」
「はい?」
「…何か…隠しておいでではないですか?…っいえ…無理にお話していただく必要は…ないのですが」
「香夜殿…」
…さっきまでの自分の思考を今、清嗣は深く後悔していた。どうしてなかなか、鋭い観察眼を持っている。沙耶は人を騙すのを上手いと思っていたが、それだけではなかったということなのだ、と。少なくとも、彼女の場合、上手に騙された振りをしていた可能性があるということだ。
「…降参です、香夜殿」
ほんの少し、冗談めかして、肩をすくめる。
「…ただ…。私にも沙耶殿との約束がありますので、全てをお話する、というわけには、いきません。申し訳ないですが、それは、わかっていただきたいのです」
それを聞いて、香夜も微笑み返した。
「ええ。清嗣様が私に話してもいいという事だけで構いません。姉様に、余り、時間は無いように見えましたので、私がお手伝いできる事があれば、と思っただけですから」
矢張り、聡い人だ。清嗣は彼女への意識を改めて変えねばならなかった。

改めて、清嗣が借りている客間に香夜と二人で向かい合って腰を下ろす。
なんとなく気まずい雰囲気になりつつ、それでも清嗣は心の中で覚悟を決めていた。
よし、と心の中で気合を入れる。
「…どうお話すれば上手くお伝えできるのかわかりませんが−蘇った、というわけではないそうです。自分の思いが叶ったら、今度こそ、本当に天に召されると…」
「−思いが…叶ったら…ですか?では…」
「叶わなければ、ということですね?」
「…はい」
「叶わなければ、魂(こころ)はいつまでもこの世に残ります。ですが、今の沙耶殿の体は、既に骸なのです。そうは時間は残されていないのです」
「そう、なのですか…」
「沙耶殿が言われるには、自分の思いはほぼ叶ったと言う事でした。ですから、今日か、明日か−もしかしたら、今の眠りがそれなのかもしれませんが…。自分に何ができるか…なら、魂が離れるその前に、出来るだけ楽しい時間を、と。…情けないことに、それしか思いつかず…」
「清嗣様…」
再びしんみりとした空気になってしまったので、少し、トーンを上げて、清嗣は続ける。
「−全く、情けないですね。それであのようなことしか思いつかないなんて」
「清嗣様−」
「…それならそうと、観念して香夜殿にお伺いすればよかった。きっと私より貴方の方がそういうことはおわかりでしょうから」
「…それでは、明日は手毬でもしましょうか」
「へ?」
にっこりと笑って香夜はそう告げた。自分の考えに今一歩自信の無い清嗣はどう反応していいのかわからず、場違いな反応をかえしてしまう。
「このままでは姉様は女らしい遊びを何も知らないままになってしまいますからね。それではあちらで笑われてしまいますよね。大丈夫です。お任せください」
普段の大人しい雰囲気と一転していたずらっ子のような目をして提案をする。清嗣は予想外の態度に驚きを隠せずにいたが、しばらく考えて、なるほど、これが沙耶殿と同じ遺伝子ということだな、と奇妙な納得をしていたのだった。

沙耶の意識が戻ったのは夜も更けてからだった。自分が倒れて…死んで、丁度1日。自分としては、思い残した事は伝えたつもりなのだが、まだ魂は骸から離れることなく、さっきまで三人で遊んでいた地下室に横たわっていた。
「う〜ん…どうしたんだろ。そろそろお迎えがきてもいいはずなんだけどな」
別にあちらに戻りたいと思っているわけでは全くないが、それでも、それは自分の定めとして決まっているのだから、できれば新しい未練が出来る前に、戻りたいと思っていた。もうみんなは眠ってるのだろうか。体が生命活動をしていないせいか、時の感覚が全くつかめない。
しかし、夜ということは好都合だった。自分が城内をうろうろしていても陽に当たる心配はないということだから。まして昼間は性に合わないかるたなぞをやっていたせいで、余計なストレスもある。
「…大丈夫、だよね。うん。大丈夫、大丈夫っ」
自分に言い聞かせるようにしてそっと体を起こす。起こ…そうとして、ふと気が付いた。体に違和感がある。最初はよくわからなかったけど、動かそうとすると、間接に不審な感触を感じる。
「もしかして…」
一気に頭が冷めてゆく。思い当たる節といえばただ一つ。『体』に限界が近づいてきているのだ。早すぎるといえば早すぎると思うけれど、朝からいきなり兄から受けていた忠告を破ってしまっていた。可能性としては十分なのだ。そう思ってしまった瞬間、立ち上がる気もなくなってしまい、上半身を起こしただけの姿で、壁にもたれる。−冷たくて、嫌いだった地下室。触るとびっくりするくらいの冷ややかさを感じていたこの壁に、今助けられていると思うと、なんとも不思議な感じがした。そして−、初めて『死』に直面した恐怖を感じていた。



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