あんでっど、姫!Scene1

時は江戸時代。物の怪や霊魂が今よりももっともっと信じられていた頃のお話−。

「あれ?どうしてこんなところにいるのかしら?…っていうより、ここは?」
なんとなくふわふわとした中、彼女は辺りを見回した。綺麗な花畑の中に一人佇んでいるようだ…何故か。

夜だというのにばたばたとあわただしいとあるお城。その中を一人の青年が慌しく階段を駆け上がり、目の前のふすまを勢い良く開け放つ。
「沙耶殿がご危篤と聞いたのですが…っ!」
肩で息をしながら中にいる人たちに声を掛ける。中にいたのは、中年の夫婦と若い姫、そして医者。その4人が取り囲んでいる布団にまた、一人の姫が眠っている。
「おぉ、清嗣殿。…実は…」
二人の姫の父、そして、現・波多家の当主である男が言葉を濁しながら言葉を返す。
母と姫は蒼白な顔をして、ただうろたえているようだ。
「…沙耶殿は…何かご病気でも…?」
清嗣と呼ばれた青年は戸惑いながらも状況を把握しようと必死に問い掛けに、なんとか聞き取れるくらいの声で母が答える。
「いえ…。病気などは何も…。むしろ、健康過ぎるのではと思うほどで…」
「…はい。先ほどまでも、変わりなく私とお話をしておりましたのですが…突然、ぱったりと…」
同じく横に座っていた姫もぽそりと呟く。
「…そ、それで、ご容態の方は…」
「おそらく、これから数時間がヤマだと思われます…」
最後に答えたのは彼女の脈を取ったり薬湯を口に含ませたりしていた医者であった。

「う〜ん…なんでこんなところに突然来ちゃったんだろう…。確かにお花は綺麗だけど…」
右に左にうろうろと歩を進めながら花畑の中を進む少女、沙耶。ふと、気がつけば、彼方にぼんやりと人影が見える。あれは…?
「…沙耶…沙耶…」
「兄様…?まさか…治良兄様?」
「沙耶…帰りなさい…お前はまだここへ来るべきでは…来るべきでは…っ…!おまえっ!?相変わらず人の話の聞けぬ奴だな!!!」
「兄様!お久しぶりです!というか…私が8つの時に亡くなった兄様がどうしてこんなところに…」
「…お前は”自分が”ここにいる意味を不思議には思えないのか…?」
「…え…?」
そういえば…さっきまではなんでこんなところにいるのかと、疑問を持っていたとは…思うのであるが…。
イマイチ要領がつかめずに不思議顔をしている妹に、やれやれと深いため息をついてから、治良は話しだした。
「…沙耶、お前、”三途の川”を知っているか?」
「え?ええ。もちろん知ってますわ!あの世とこの世の境にあると言われる川でしょう?」
当たり前、と言わんばかりに言葉を返す彼女に、軽い頭痛をもよおしながら、更に続ける。
「お前、さっきこちらへ来るときに渡ってきたものは何か、わかるか?」
「え?さっき?こちらへ…?あぁ、川が、ありましたね♪…あれ?…川が…あって…今、目の前に亡くなった兄様がいて…?あれ?」
「…わかったか?お前が今、勢い良く渡ってきてしまったのが、その”三途の川”だ」
「え…?ええ〜〜〜〜っ!!!!」
合点がいった途端、信じられない現実(現実!?)に驚きを隠せない沙耶であった。

「…残念ながら…」
その頃、現世で必死の看護のかいも虚しく、沙耶は息を引き取っていた。苦渋に満ちた顔をした医師、そっと袖で顔を覆い涙を流す母、「姉さま、姉さまっ!」と必死に泣きすがる妹、香夜。無念の思いで目を閉じる父。そして…
「沙耶どの…」
目の前の光景を事実として受け取りきれずに呆然と立ち尽くす、清嗣がいた。
現世でいう”あの世”で何が起こってるかも知らずに…。

「む〜〜〜ん」
川岸にどかっと姫君らしくなくあぐらをかきながら不機嫌な表情を隠すことなく沙耶は考えふけっていた。
あんなに楽々と渡ってこれたんだから、簡単に帰れるんじゃないの?などと思い立ったものの、逆からは黒く恐ろしいものに見えて、足を入れる事も出来なかった。後先考えない自分の行動がこんなとき深く悔やまれるが、仕方ない、と言ってしまえばそれまでで。
「ね〜…兄様ぁ〜〜…」
甘えた声を出して、同じく疲労感をあらわにした表情で座っている兄に問い掛ける。
「なんとか、元の世界に戻る事は出来ないものでしょうか?私、あと三月(みつき)で清嗣様と祝言を挙げる事になっているのです…」
「…例え戻れたとしても、祝言などできんだろうが。大体、一度死んだ者を嫁にする奇特な者がどこにおるというのだ…」
「が〜ん…………?例え戻れたりして…?」
ちょっと言葉に引っかかるものを覚えて繰り返してみる。治良は”しまった…”という顔をしながらも、平静を装って無言を決め込んでいる。
「兄様?戻れたりして…ってことは、戻る方法があるんですかっ?」
期待に目をキラキラ輝かせて押し迫るように繰り返す。−子供の時から治良はこの癖に弱い。なんどそれでお菓子やおもちゃを取られることになったか、年月のせいでなく、数が多すぎで思い出せない程だ。
「−いやっ…それは…」
なんとか気をそらすことは出来ないかと必死に思い巡らしては見るものの、元より素直なこの性分で、うまい具合な言い訳など、そうそう立つわけもない。
「お願いっ。兄様!方法があるなら教えてください。10日…いえ、3日で構いません。何も伝える事も出来ずにいたらば、私は無念さで成仏など出来るわけも有りません。お願いっ…します…っ!」
生まれて初めて(という表現が正しいのかどうかはよくわからないが)見せた彼女の表情と数秒間にらめっこをした後、観念した、というようにため息を一つつくと治良は懐へ手を入れた。

「…これは…?」
彼が取り出したのは、真珠色に輝く手のひらに載る位の玉だった。
「これは…”転生球”というものだ。これを手にした者から、新しい生命として転生が出来るのだ」
「…転生??じゃあ、赤ちゃんになっちゃうんじゃ?」
「話は最後まで聞け。これを”転生”として使えるのは直に手に入れた者だけだ。これを例えばお前に渡してしまえば、お前はこの球の持ち主にはなるが、転生はできない。−現世に魂が戻る事になる」
「…じゃあ、”蘇る”ってこと?」
「具体的には違う。今の体がなくなってしまえば、浮遊霊となってしまう。しかし−」
「私の体はまだありますのよ?」
「…だ、か、ら。話を聞け。魂が体に戻ったからといって、体がよみがえる訳ではないということなのだよ。つまり−」
−一度死んでしまった肉体は再び生命活動を始める事はなく、幾日かで朽ちてしまう。食べること、飲むこともできず、日光に当たることもできない。それに…。
「…兄様…。それでも、私は…」
深刻な、けれども決心を固めた瞳で、沙耶は治良を見つめる。
「…では、この球を、お前に…」
治良の差し出した手から転生球を受け取った、その瞬間、球は眩い光を放ち、沙耶の周りの景色を消し去った。



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